<< November 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
<< 受容と拒絶の肉体的選択。 | main | 非汎用測定器。 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |
嗜好指向試行思考。
最近やりとりを再開した友人と会う機会があって、他愛ない会話の中で
「どんなタイプ(の異性)が好き?」と聞かれた。
「好みのタイプ」というのは、聞かれて少し困る質問だ。
ゆっくり語る時間があれば、突っ込んだ話をしたいところだけれど、
他愛ない会話の最中では巧くさらっと説明できないといけない。
外見の好みについて簡単に言ってしまうのが一番楽で、
でも、それだと、この時の質問に不誠実な答えという感じがした。

それで、性格や性質的な好みを簡潔に表現しようとして、私は、
「包容力のある人」と答えた。

基本的に、短気な人が苦手だ。短慮な人も好きになれない。
自分のとった行動に後悔するのはいいとして、それで同じことを何度も繰り返したりとか。
自分ではできないことを他人に求めたりとか。
反対に、自分がされたくないことを、他人にはしたりとか。
言うことばっかり立派だったりとか。
なんでもかんでも知りたがったり聞きたがったりだとか。

その時は、その話題はさらっと流れて終わったのだけれど、
後でつらつらとそのことについて考えていて。
思ったことには。

でも、多分、それだけじゃあ「恋」には墜ちないんだろうな。

ということ。
むしろ、恋するだけなら、そんな条件は多分必要なくて。
「知り合い」のレヴェルでも同じことが言える。
けれど、長く一緒にい(られ)る存在、ということを考えると、必要な条件だと思える。

「恋人」というポジションの、なんと特殊なことか。
というか、「恋人」という存在に既に伴侶的な要素を求めているのが
どうかという話もあるけれど。
それで話はまた20040811ほぼ独身主義。に戻っちゃうわけで(苦笑)。
| ジコノシュチョウ。 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
スポンサーサイト
| - | 00:00 | - | - |









http://nod-out.jugem.jp/trackback/83