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独りでいること。
他人=自分以外の人間に対する興味とか情熱とか執着とかが薄い。
自分が一番大事なのは大抵の人がそうだと思うが、
どうも私は自分独りでやることに対する情熱の方が断然高いらしい。
話をしたり一緒に遊びたいと思える相手はいるし、それはそれでとても楽しいのだが、
例えば、本を読みたいから電話に出ない、というようなことをよくやってしまう。
それだけの価値のある人間に未だ出会っていない、という説は、この際、棚上げしておく。

既に2度も書いているが、独りでいるのが寂しかったりはしない。
真に独りになったことはないが、それをシミュレートしてみても、
寂しいと思うことはないように思われる。
独りでいても、日々の生活は十分に幸せだし、
自分ではない存在だからこその他人との関係の面倒臭さを思うと
独りでいる方がよっぽど「楽」だろうとさえ思える。

もっとも、これまで出会ってきた人達によって
自分の生活が豊かになったことを否定するつもりはない。
ずっと独りでいるより、一層、楽しく幸せに過ごせてきたのは確かだ。
ただ、多分、きっと、ずっと独りでいても、
それを苦にすることはなかっただろうし、これからもないだろう。
私はそういう性格(或いは性質)の人間だという、それだけの話。

それで。
誰かの存在が自分の中で多くを占めている人の感覚を私は理解することができない。
そういう人もいるんだなあ、と、そう思うだけだ。
ただ、自分に対してそういう想いを抱いた人に
同じベクトルの想いを求められることがあると、
正直なところ、酷く困惑するし、面倒臭いなあ、と、思う。
| ジコノシュチョウ。 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
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