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冬空の流星のように ぼくは ひとり。
「だいたいいい年をして 落ち着かん人間を信用できんわ」
「ひとりでは認められへんというのは違うよ
 ひとりでなんでもできると思てる
 その思い上がりが信用ならんということなんや」
(温泉協会会長および海江田の台詞)
 
昨年から今年にかけて、周囲で結婚する友人が相次いだ。
と言ったそばから、来年も一組結婚するという。
どれも比較的親しい友人ばかりで(おおよそ同年代である)めでたい続きの昨今。
友人達の結婚や結婚式は前々から準備されてきたものばかりであろうから、
あまり震災とは関係がないように思う。
なんにしてもいいことだ。
別に震災と関係があっても構わない。
それで「二人」ないしそれ以上での生活を営む人々が増えるということは、
好ましいことのはずだ。


実はここ数年、心境の変化があった。
それは、自分が独りでいるということを前ほど大声で叫べなくなった
ということに繋がる。

ひとつには、いちいち諭してまわるのに疲れてしまった、ということ。
わかってくれない人は話を聞こうともしない人なのだと思ってしまったので。
昔の友人におたくであることを公共の場でひたすらに隠していたコがいたけれど、
その心境がわかるような気もする。
全く違って大勘違いかもしれないけれど。
要するに私は面倒になったのだ。
当たり障りなくやり過ごしておいた方が楽だ。
友人関係ではそうはしないけれど。

そしてもうひとつ、というか、ひとつめはおまけの話で、
こっちだけでよかったのだけれど、つい漏れてしまった(苦笑)。

「独りでいること」は決して、いばれることではないのだ、という考えに至ったこと。

極端な話をするが、この社会に於いて(と言うのも対象が曖昧だけど)、
人口は多い方が発展する、というひとつの考え。
に、基づくと、子を産み育てられる人達というのは大いに社会貢献をしていると言える。
反して、その点に於いては「独りでいる私」は社会に貢献していない。
そりゃあ税金も多く払わねばなるまいよ。

ここで、冒頭の台詞。
先の温泉協会会長の言葉に、
主人公のつぐみは「独り身の女に社会は厳しい」というようなことを愚痴る。
後のは、それに対しての海江田の台詞だ。
ここでは「女」で「独身」ということに焦点が当てられているけれど、
男女の別は関係なく、言われて仕方のないことだと私には感じられた。

独りでなんでもできるとは思っていない。
ただ、独りでないとダメなだけだ。
けれど、誰か一人とですら、一緒に暮らすことのできない自分は、
まあ、そんな、偉いことは決してないよね、という。
別にいばっていたつもりもないけれど、少なくとも謙虚ではなかった。
で、謙虚な気持ちに至ったのだ。


そうしてみると、まず、結婚生活をおくっている人達というのは、本当に凄いなあ、と。
思わないではいられない。

……結婚生活については、実はこのブログに於いて、
おおよそ最後に残った大きなテーマなのだけれど、
きっと多くは語れない。
その、語れない、ということについては少し書くつもりがあるけれど。

私にはできない。
金は(できるだけ)出す。
だから好きにさせてくれ。

……ちっとも謙虚じゃないしまりになりましたな(苦笑)。

でも本当に、尊敬しているのだ。
自分にできないことをできる人(達)を。
そして、できるだけ、皆が、幸せであるといい、と、思っている。
自分も、幸せであるといい、と、思っている。


……久し振りのせいか随分と文章がとっちらかった気がしますな。がっくり。
タイトルは、第三舞台「朝日のような夕日をつれて」より。
丁度、封印解除&解散公演を観に行ったので。
| ヒトノコトノハ。 | 20:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
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