<< November 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
<< 「書く」ということ。 | main | 単純なのか複雑なのか。 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |
幻想の残滓がもたらしたモノ。
大学時代の友人からの年賀状に、
かつて私の恋人だった人が今度結婚する、というようなことが書いてあった。
それを読んだ私は、驚きと喜びと安堵と感傷が混ざったような、
それでいてひどく遠い何かに接っしたような気持ちになった。
 
その彼は20050106SPOON。20050107即物的傾向。に書いた人で、
私から別れを切り出した相手だ(というか、正確に書くならば、
 私が恋人同士としてつきあった人は彼を含めて3人いて、
 その3人とも私から別れを切り出したのだが。因みに3人とも学生時代のことだ)。
以下、20050106SPOON。に書いた内容と被る部分もあるが、
長く書きたくなったので、敢えて続ける。

彼とは、別れた後、大分経ってから、2回ほど言葉と笑顔を交わすことがあったのだが、
おそらく、二度と、一生、気易く彼と会話をすることはないだろう、と、私は感じている。
私がそう思うことは「私からの拒絶」でもあるかもしれないけれど。
そう思っておけば怖くない、という自己防衛。

私は彼に対して、今でも或る種のうしろめさのような気持ちを抱いている。
それは、当時、前につきあっていた人との友人関係を絶たなかったからでも、
彼と同じベクトルを持てなかったからでも、ましてや、私が振ったからでもない。
「彼とはうまくやれないかもしれない」と、どこかで思いながら、つきあおうとしたこと。
情熱にまかせて突っ走ったことに、彼を巻き込んだ。

彼(私が感じた彼、というような注釈はこれ以降も省略する)は、
他の全てを投げ打ってでも、私に向かうような人だった。
そして、同様のベクトルを持つことを私に望んでいた。
けれど、私にはそうすることができなかった。
私には、ただ、彼のことが好きだと思う気持ちだけがあって、
それだけでやっていこうと、やっていけるんじゃないかと思っていた。

それは、逆に言えば、私も、彼が私と同様のベクトルを
持つことを望んでいた、ということでもある。
20040913ベクトル。にも書いたように、基本的に、
「合う」ベクトルを持っていないと、長く関係を続けるのは難しいと思う。
だから、結局、私と彼のどちらも、相手に合うようにはできなかった、ということ。
関係とは相手がいて成り立つもので、
自分が(或いは自分だけが)悪かったとは今でも考えていない。

けれど、そういう理性・理屈とは別の感情の部分で、
うしろめたいような気持ちをなくすことができない。

多くのできごとは過ぎ去ればよい思い出になるのかもしれないが、
彼とのことは、どういうわけか苦い思い出の方が今でも印象深い。
そして、別れを切り出した時のことを、何故かあまりよく憶えていない。
実際に別れたのはそれより少し後のことで、その時のことは大体憶えているのだが。


結婚=幸せとは限らないけれど、少なくとも、
能動的な行為には、プラスの感情が宿っているように思う。
わかりやすい1つの事象がもたらした、これも一種の自己防衛、自己満足なんだろう。
けれど、そんな理屈はさておき、彼が幸せであることを願うこの気持ちだけは確か。
こんな時くらい、感傷的でもポエティックでも構わない。
結婚、おめでとう。
| ツレヅレ。 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
スポンサーサイト
| - | 00:00 | - | - |









http://nod-out.jugem.jp/trackback/121