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覚悟と安堵。
少し前のことになるが、珍しく体調を崩して熱を出した挙げ句、
出先で気を失って倒れ、その拍子に頬骨を折り、入院・手術、ということになった。

突如おとずれた不運の中で、「独りで生きていくこと」ということを、改めて思った。
それは、独りで生きていくことが、いかに大変か、というようなことではなく、
私の中で「独りで生きていくことに対する覚悟」みたいなものが
ちゃんとできてるんだなあ、と、再認識した、ということだ。
今回のことでは、友人に大きく助けてもらった。
けれど、多分、きっと、その助けがなくても、なんとかなっただろう、とも思った。
もちろん、その友人に助けてもらわなかったら、
色々なことがいっそう大変だっただろうし、
それについては、本当に、とても、とても、感謝している。
ただ、そういう実際のこととは別にして、独りでもなんとかするだけの思考や備えを、
或いは、どうしようもなくなった時に対する覚悟のようなものを、
私は(完璧ではないにせよ)してきているんだ、ということを、改めて思ったのだ。

タイミングよく、というか、悪く、というか、手術のための入院の前日、
母親から電話があり、本当は黙っているつもりだったのだが、結局、話してしまった。
話してしまったのは、嘘をつきたくないから、というよりも、
未だ就職先を決めていないことへの言い訳の気持ちが強かった。
要するに、言い訳に利用したのだ(苦笑)。

予想通り母親は「すぐに連絡をくれればいいのに」というようなことと、
「入院先に行く」というようなことを繰り返した。
そう言われるだろうと思ったから、黙っているつもりだったのだ。
ただでさえ自身の身体の問題と、生活における様々なことで、
彼女は困難を背負っている。
何もできないから、自分のことくらいは自分で面倒をみるように、と、
そう考えてやってきたし、これからもそうするつもりだ。
それが親にとっては「親不孝」の部類に入るのだとしても。

親を背負って生きる覚悟はまだできないけれど、
独りで生きる覚悟はできている。
とりあえずは、そういうことで。
実際には、きっと、完全に独りでやっていくことは、できないんだろうけど。


ところで、半年後には、骨を留めている金属を除去する手術をするのだが、
今度こそ親には黙っていることにしよう、と固く誓った。
だって、麻酔が切れるまでの間、寒いし痛いしダルいし、ていう状態でいながら
「何もすることないのに何時間も待たせるの悪いなあ」とか気を遣いたくない。
……と思ってたら「今度は知らせなさいね」と先手を取られてしまったんだけど。
あーあぁ。どうやってバックレるかなあ……。
| ジコノシュチョウ。 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
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