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与えられるもの。得られるもの。
世の中は、ギブ・アンド・テイクで成り立っていると思っている。
物質か精神的なモノか、とにかく、なにかしらのものを交換しあって、
ヒトとヒトのやりとりは成されているのだ、と、思っている。
そして、全ての行為は自己満足だ、とも、思っている。
 
単純な話だと、募金をするときとか。
する側がどういう意図でお金を出すのか、
なんていうのは、どうでもよくって。
お金を得た人は、それによって何かしら助かったりする。
お金を出した人は、その行為によって愉悦感なり自己満足を得る。

野良猫に「次を期待させるのは可哀相だから」と餌をやらないとか。
猫は、そんなこと考えちゃあいなくって、
そのとき餌がもらえるんなら、それでいいんじゃないかと思う。
餌をやった人は、やっぱりそれによって、なにがしかの自己満足を得る。

「偽善」なんて言うことに、意味があるんだろうか。
偽善だろうがなんだろうが、それでうまくいくなら、いいじゃないか。


誰かのために、何かをする。
それは、根本のところでは、相手のためではなく。
例えそれで、相手が得るものがあったとしても。
結局は、何かをしたその人が、自己満足を得るためなんだと、思う。

ただ、そこに、そうすることによって、
相手が喜んだりするといい、という、期待なり希望なりは存在して。
20041013スペシャリティ。に書いたことにも、通じる話だけれど。

喜んでもらえたら嬉しい。
けれど、それは、自分がした行為によって等価として得られるものではなくて、
たまたま、運良く、思いがけず、得られるかもしれないモノ。
サプライド・サプライズ、なんて、文法が合ってるかは知らないけれど。
| シコウノフキダマリ。 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
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